よく言われることだが、なぜ日本には政治の中枢がないのだろうか? 日本では首相は首相という役柄を演じているにすぎない。外国の宰相が日本の首相と約束をとりつけても、それはノーの意味だと皮肉られたこともある。首相に決定権がない証拠である。日本には、権力が最終的に集中された政治の中枢者がいないというのはまちがいない事実だろう。
なぜそうなったのか?
歴史をひもといてみると、これは今にはじまったわけではなく、太平洋戦争などは、政治中枢がないゆえに、冷静な判断ができず、勝てる見こみのない相手との戦争に突入したのであった。当時の内閣は軍部に完全に骨抜きにされており、開戦直前には陸相が首相を兼任した。もちろん軍部を政治中枢とは呼べない。それは近代国家における戦争の専門部署にすぎず、だから軍部支配となったこの国は戦争で物事を解決する国になってしまったのだ。
そんな時代があったわけだが、実は、このときの政治形態が今も続いているのが本当なのである
確かに日本は戦争に負けた。だから軍部は滅びたというか、滅ぼされた。かといって軍部の抱いていた不文律のスローガンは滅びなかったのであった。そのスローガンとは何か。それは「強い日本であること」だ。このスローガンはそのまま戦後も、経済力で強くなることという形で引き継がれた。日本の教育や労働形態がいまだ戦時下の軍隊みたいであるのはそのためだ。そして軍部につづくこのスローガンの担い手は、省庁、特に財務省であった。軍部が戦争屋に過ぎなかったように、財務省も財務担当にすぎないにもかかわらずそうなってしまったのだ。
この「強い日本であること」という不文律のスローガンこそが日本に政治中枢をなくさしめている根本的原因である。国の大方針は「強い日本であること」と決まっているのだから、あらためて舵取り役など必要はないというわけだ。
かつて右翼や軍部の若者が、首相を暗殺してきたのも、「強い日本であること」という方針を定着させるためであった。彼らにとって他の方向に舵を切りかねない宰相など邪魔者以外の何者でもなかった。また現代は現代で、各種団体は既得権益を保持し続けるために、真の舵取り役はいてほしくないと思っている。だからそういうものが出てこないように、そういうものを発生させる土台たる国民たちを拘束し続けている。サービス残業の強制なども生産性アップのためというよりそっちが本当の理由だろう。大会社の社員さんという頭脳が上位クラスの集団に政治意識を持たせないこと。
なぜ日本はそこまで「強い日本であること」に固執し続けるのか? それはかんたんにいえばアメリカに強制開国させられ、二流国の扱いを受けてきた屈辱がいまだ尾を引いているのが大きい。もとはと言えば軍部支配になる前に日本を支配していた明治元勲たち、彼ら自体、その屈辱をそそぐために「強い日本であること」、「強い日本になること」を誓った集団なのであった。彼らが、身分制度を終わらせ、日本を近代国家に改造しようとしたのは、何よりもそのためであった。欧米列強に負けない国になるために。
しかしそれは彼ら個人の考えた方針であった。明治元勲はもともと下級といえど武士だった。だから戦闘屋でもあると同時に為政者でもあった。そこはのちの軍部とはちがっていた。しかし、彼らには政治の中枢としての限界があった。そのことは、のち明治元勲が元老となり、その元老が1代限りで終わったことからも推察できよう。というより元々、元老は非公式の地位なので、滅びて当たり前だったのだが。ともあれ元老が滅びたあと、残ったのは彼らの抱いた「強い日本であること」というスローガンと、彼らが作った近代組織(もちろん中枢はナシの)だけとなってしまったのであった。あとはこの各近代組織がそれぞれに強力になっていくだけであった。暴走も含めて。
「強い日本であること」は民族の集合意識だったのだという人もいるかもしれない。しかし明治初期には自由民権運動があった。それは、今の政治に無気力な日本人と同民族かと思えるほど盛りあがったものだった。さらに各地でおこった不平士族の反乱も「強い日本であること」に反対した勢力であった。それは武力反乱であったが、「強い日本である」のために日本を近代化するという方針をとった政府への反乱であったからだ。しかしこれらはすべて新政府軍、すなわち明治元勲に鎮圧された。ならば、「強い日本であること」というポリシーの定着は、民族の集合意識などという神秘的な概念を持ち出さなくとも、天下取りし者がその強権で、自分たちのとりたい方向に国を国民ごと持って行ったという至極単純な理由だけで十分な説明となるだろう。
ならばここで考えてみなければならないのは、当時の元勲たちの心理だ。彼らにまちがいなくあった強烈な意識は「日本」という枠である。それはどこの国の人間でも持っている「国」という概念とは少しちがう。もっと強烈な概念だ。なぜなら、「日本」は鎖国などにみられるように、自己完結的な統治形態の伝統が非常に強い国だからだ。それゆえ日本人は、閉じられた自分たちの世界と、その他の世界という、内外二元対立世界観とでも呼ぶべきものを抱いている。これは、鎖国など自分たちだけで閉じているときはいいが、外の世界と接触すると、世界を「日本とその他の世界」という内外二元対立で捉えてしまうものである。この世界観をいだくと、弱肉強食のこの地球上でなんとか生き残っていかなければならないという悲愴な決意が生じる。そしてそのために、「日本」という枠を守ることを何よりも優先しなければいけないという価値観を持つに至る。そうなると当然、国は、日本は「強く」なければならないということになる。
これが「強い日本であること」に固執した明治元勲たちの論理であった。そんな者らが天下をとったので、「強い日本であること」は、最高のスローガンとしてこの国に定着し、のちのちまで引き継がれてしまうことになったのであった。
これの定着は、今もそうだが、やたら「日本」を強調することによってなされた。われらは万世一系万国無比の天皇のしろしめす神国! その名は日本! 日本! 大日本! このかけがえのない「日本」を守る。そのために強い日本であること。あり続けること! みな「日本」のシンボルたる天皇のために死ね! 経済力の翳りが見えてきた今日では、武力、経済力による「日本強い」が、文化的な「日本スゴイ」に変質しているようではあるが、今でも、日本、日本といい続けているところは同じである。こうして「強い日本であること」は日本人の絶対的使命となったのだ。
以上が日本に政治中枢がない理由であろう。政治中枢とは絶対的使命など認めないものである。政治中枢とは、それを相対化し、調整、修正、ときには削除する役割なのが本質だからである。政治中枢は、絶対的使命が君臨しているところでは理の当然として存在しえない。
事実、いまだ多くの日本人が、この世界の中で日本が生き抜いていくには日本は強く、あるいはスゴくあらねばならないと思っている。でなければ「日本スゴイ」番組がこれほどもてはやされるわけもあるまい。もし政治の中枢が誕生して、「もうこんな窮屈な『強い日本であること』なんてスローガンはやめましょう」とでも表明したら(もちろんこのような表現をとるわけではない。もしかしたらそれは、天皇制はもうやめましょうなどというかたちでまず表現されるかもしれない)、多くの日本人が不安におちいるであろう。そんなことをいっても日本を外の世界の脅威から守るために、そんな呑気なことは言っていられんだろと。つまりお決まりの内外二元対立世界観の発動だ。
はっきり言うが日本人はひきこもりの歴史が長かったので内弁慶で気が小さいのである。こわがり。だから何かにすがりたがる。というわけで、あいも変わらずの「強い日本であること」という政治スローガンにしがみつき、それをとりやめかねない政治の中枢などは要らないということになってしまうのである。
これならば、選挙に行ってあらためて政治家を選ぶ必要もない。政治家はその俳優的役割と演じ方が分かっている者が一番いい。多くの人間が選挙に行かないのも、自民党一党独裁なのも、その党が歌舞伎の世界よろしく世襲議員ばかりになっているのも、すべてここに理由があるのだろう。もっともこういうあらかじめ決められた絶対の方針があるなら、選挙結果も本当にちゃんと集計したものなのかはなはだあやしいものであるが。

