なぜ今さら「日本海軍が真珠湾攻撃をした真の理由」などをここに書いておきたくなったかというと(なお主語が「日本海軍」になっているのは真珠湾攻撃は海軍単独の作戦だからである)、あまりに、「真珠湾攻撃は、日本の本命作戦たる南方占領作戦(石油確保のための)を米艦隊に邪魔させないようにするために行われた」という誤認識が広まっているからだ。偉そうに言いつつ、実は私もそう思い込んでいたときがあったのだが。
この理由は一見、非常に理にかなっているように見える。聞けば「なるほど」と多くの人が納得してしまうだろう。しかし当たり前のことだが、その行動についてもっとも理にかなって見える理由が、史実としてその行動を起こした理由だったとは限らないのである。また実際に真珠湾攻撃の意義を南進支援だと認識していた海軍幹部もいたのは事実だが、命令を受けた実行者がそう認識していたということは、決定者もまたそう考えて決定したのだということを意味してはいない。そして「理にかなって見える」ことは、本当に「理にかなってる」ことともまた別である。
実際、この南進支援説は、当時の海軍首脳の口にはほとんどのぼっていないのである。真珠湾攻撃の発案者たる山本五十六連合艦隊司令長官などにしても、「開戦いきなりの大打撃を敵に与え、米国民の士気をつぶしてしまうのだ」とか「南方進攻中に米艦隊に日本本土を襲わせるわけにはいかない」とかで、「真珠湾奇襲をしないと南方進攻などおぼつかん」とは言ってはいないのだ。(米国民の士気をつぶすことによって大東亜共栄圏を完成させることができるという意味のことは言っている)
南進支援説が出されたのは、山本の部下と軍令部の参謀、すなわち、艦隊(現場部隊)の参謀と中央指揮組織の参謀のあいだで真珠湾攻撃の是非が言い争われた場においてでであった。つまり推進派である現場部隊のほうは、「真珠湾を叩いておかないとおちおちと南方作戦もできん」といい、反対派の軍令部のほうは「真珠湾を叩かなくとも、マーシャル諸島などがあるゆえ、米艦隊は容易に遠く東南アジアまで進出してはこれない。ゆえに、途中でバレて奇襲が失敗に終わるのみならず、こちらのほうが打撃を受ける可能性があり、さらには当日敵主力艦がいるという保証もない真珠湾作戦などやる必要性はほとんどない」と反論したのである。(↙)
(↙)これは論理的にも、結果的にも後者が正しかった。実際、艦隊側はこれを論破できなかったし、事実的にも、真珠湾で撃破できたのは、旧式戦艦4隻だけで、高速空母のほうは近くの島に飛行機を運んでいたので日本海軍はこれに傷をつけることはできなかった。これら米の旧式戦艦は日本の扶桑型よりも鈍足で、無事であっても日本の南進に対し何もできなかっただろう。無傷だった高速空母にしても、日本軍の南方進攻中は、マーシャル諸島やせいぜいラバウルに軽い一撃離脱攻撃を加えることしかできなかったのだから、「真珠湾攻撃が行われたから日本の南方作戦はうまくいった」わけでもなかったわけである。つまり、現場部隊側が並べた真珠湾攻撃をやるべき理由は、「南方作戦のため」というのも含めて、「どうしてもやる」という前提での強弁の面が強いと言わざるを得ないのだ。実際、彼らが「絶対にやるべきだ」と譲らなかったので、軍令部も折れざるを得なくなり、真珠湾攻撃は決定されたのである。
もちろん、開戦いきなりの奇襲をかけるのは大きな戦果が見込めるのだから戦いのセオリーだし、それがこれからのあらゆる作戦をスムーズに行かせる補助となるのも当然のことである。しかし、その作戦が危険な賭けだとしたら、やるべきかやらぬべきかの天秤にかけられる。そして真珠湾の場合は、上述の通り、やらぬほうが理屈としてはまさっていた。少なくとも「南進のために」という理由は推進派の強力な論理武装とはならなかった。以上のことから、史実として、明らかに南進支援は真珠湾攻撃をやった真の理由ではない。これを真珠湾攻撃の理由とするのは完全に誤認識なのである。
では、このような危険な作戦を艦隊側が「やる」といってきかなかった真の理由は何だったのかというと、ここから先は推測とならざるを得ない。上述の山本五十六の言葉にしてもとても納得しがたいもので、同じく「やる」が前提の後付け理由にしか見えないからだ。ならばこれ以上、資料をまさぐってもムダで、状況や当時の日本軍人の心理から推測するしかないし、推測のほうが有効である。ちゃんと目的言語化(文書化)して理由を述べられなかったということは、結局、心理的な理由のはずだからだ。
そして、これはそれほど難しく考えずとも直感でわかる。もう海軍の現場部隊の気持ちは、戦争ハイモードになっていたということだ。日中戦争はすでに4年も前に始まっていたとはいえ、それはほとんど陸軍の戦争であり、海軍は航空隊が参加してはいたものの、軍艦の出る幕はまったくなかった。つまり対米戦争は、海軍が日本海海戦以来、36年ぶりに行う海戦、久々にスポットライトを浴びる大舞台だった。しかもまちがいなく日中戦争以上の、いや、日本国史上最大の戦いになるものであった。それがゆえに頭がテンパっていたし、また、テンパる必要を特に現場部隊は如実に感じていた。そういうことだと思われる。
これには加えて、アメリカという大国相手だったからこそ余計に闇雲に突撃していったというのもあるかもしれない。また山本が言ったように1年しか有利には戦えないがゆえにいきなり賭けに出たというのもあったのかもしれない。が、おそらくは同規模の相手、また長期に同等の戦いができるにしても、やはりこの奇襲は行われたと思われる。つまりは海軍は、久々の大海戦、主役の番が回ってきたがためにもう興奮状態になって、今手の内にある最新の武器(6隻の高速空母)を最大限に利用した大胆な作戦をやりたくてしょうがなくなってしまったという単純な理由が本当なのだと思う。作戦の失敗の可能性など目に入らなくなったことも、この理由なら納得がいこう。
つまりは、ほとんど子供の喧嘩の勢いづけ。ゲーマー的ハイな気分。実際、「日本の本命作戦たる南方占領作戦を米艦隊に邪魔させないようにするため」という「一見大人なロジック」が流布しているのも、それゆえではないか。真の理由は実に単純な子供っぽいものであったこと。誰もそんなことでこんな重大な行動を決定するなんて信じられないし、日本軍びいきの日本人としては信じたくもないのだ。
しかし寺山修司が言ったように、戦争というものは畢竟「子供の戦争ごっこ」と同じなのが本当ではないか。
2026.4.1